『東国武将たちの戦国史』関東の戦国時代はおもしろい

この本は、戦国時代の東国のかなり古い時代から始まる。人気武将も有名な合戦も少ない関東だが、古い時代ともなるとさらに無名の武将ばかり。しかしこれが面白い。東国は早い段階から強力な戦国大名が揃っていたため、強力な勢力同士のせめぎ合いが見られたのである。この本ではそんな関東の合戦に着目して勢力の抗争を描く。

「戦国時代の古い時期は不人気・・・」

戦国時代の人気というのは基本的に統一に向かっていく時代、
つまり末期の人気が大きい。
出版される本も、やはりその時代の英雄たちが中心となる。
織田信長や豊臣秀吉、徳川家康あたりだ。
また戦国無双などで有名になった武将も
同時代かそれ以降の世代の武将が多い。
しかしこれより前の時代にスポットライトが当たることはない。
戦国時代はそれより遙か前からあるのに。
信長よりやや上の武田信玄や上杉謙信は人気だが、
北条氏康になると誰も知らない。
ましてその親世代の武将は触れられることもない。
北条氏綱、武田信虎、長尾為景・・・。
最近やっと「信長の野望」で扱われるようになったが。
仕方のない部分はあるかもしれない。
戦国時代の前半は明確な勝者もいなければ、
各勢力はまだ小さくてちまちましているし、
スカッとする大きな合戦というのもない
(信玄・謙信は川中島があるのが大きい)。

「戦国時代の東国は地味・・・」

まして関東、甲信越ともなると一層地味である。
世間では江戸時代より前の時代は近畿が唯一の中心で、
関東など何もなかったと思われている節がある。
しかしこの本では敢えて古い時代の関東、甲信越を取り上げている。
しかもかなり古い時代だ。
話の始まりは文明8年(1476)。
応仁の乱が一応の終結を向かえる前年である。
この年に関東管領上杉家の重臣である長尾景春が乱を起こす。
『東国武将たちの戦国史』ではこの事件を、
関東における戦国時代の幕開けに位置づけている。
ここから秀吉による小田原城陥落、北条氏滅亡(1590年)まで、
100年以上に及ぶ関東の戦国史を描く。

「軍事的視点」

この本の副題には「軍事的視点から読み解く人物と作戦」とあり、
軍事という視点が大きなポイントになっている。
個々の合戦を検証しながら、
各勢力はどのような戦略に基づいて動いていたのかを追っていく。
最近の歴史書は以前と違い、経済や外交、民衆など、
合戦以外の視点から見た戦国時代を紹介するようになった。
しかし、昔ながらの合戦を中心にした本は減ったように感じる。
そのせいか合戦から戦国時代を読み解く本は新鮮に感じる。
やっぱり戦国時代は戦っていた時代なのだ。

「城の重要性」

印象的なのは城の存在である。
日本最大の平野である関東はほとんどが平野で、
地形に頼った要害は作れない。
そのため、とにかく頻繁に城を奪い、奪われる。
守りにくい分、奪い返すのも簡単なのだ。
逆に相手方の城と城の間を抜けていくことも
比較的簡単にできる。
北条氏は特に城を重視していたように感じる。
他に例のない小田原城の規模はもちろんのこと、
北条氏康は関宿城は一国に匹敵する、戦略的重要性を評価し、
その子の氏政は、豊臣の大軍と戦う準備にまず支城を築いた。
このように城を重視していたことが
勢力を伸ばすことに成功した大きな要因なのではないか。
この本の中でも城の配置に関する言及が多い。
関東の諸勢力にとって、どのように城を奪うか、
奪った城をどうやって維持するかが最大の焦点だった。
城の動きを見れば諸勢力の駆け引きが一目で分かる。
もちろん他の地方でも城は重要である。
しかし、この関東の城の重要性の高さは、
日本最大の平野だからこそでないか。
そういった関東の特殊性が見えてくるのも
この本の面白さである。

「もっと北条氏を知ってほしい」

それにしても北条家の人気の無さには愕然とする。
北条と名乗ったせいで、鎌倉時代の話と思われてないか、
心配になってしまう。
『東国武将たちの戦国史』で著者は北条氏を、
「戦国最強の大名」を名乗る資格が十分にあると評した。
それほどに北条氏は安定した強大さを誇っていた。
北条氏の特徴は何か?
たとえば、公方家、関東管領、武田氏、長尾氏、今川氏、
どの勢力でも一族の中で血みどろの争いがあった。
しかし北条家にはない。
そんな大名は全国、どの時代を見てもあまりないだろう。
そういう所に北条氏の魅力があると私は思う。

「戦国関東の魅力」

これほど強い勢力がいくつも拮抗する地域は珍しい。
他の地域では地域を統一する強力な大名が出るのは、
かなり後の時代である。
しかし関東は早い時期から今川、武田、北条、上杉が強力な大名となり、
関東を中心に数十年に渡ってしのぎを削った。
他の地域では、ここまで長期にわたってバランスのとれた、
勢力図が継続したところははなかなかない。
それゆえに、古い時代の関東は天下人たちの時代に匹敵するくらい面白い。
その関東を取り巻く大名たちも戦国末期には滅びていく。
天下人たちと彼らは何が違ったのか。
それを考えてみるといろいろ新しい視点が生まれる。
この本に一つ不満があるとすると関東の東北部である。
宇都宮、結城、佐竹といった勢力に関する言及は不十分に感じた。
著者には次はぜひともその辺を書いてほしい。
また史料が少ないことについてもけっこう踏み込んだ記述が多い。
この辺りはやや注意を要する。
あくまで著者の見解だという前提で読めば良んだ方がよいだろう。
しかし、著者は分からない部分をあいまいにせず、
自分の意見をはっきり表明しているとも言える。
その踏み込みが消化不良を感じさせず、読みやすくしていると私は感じた。
ところで西股氏はいつも穏やかで落ち着いた文章をお書きになる。
けっこう歴史関係の本は強い調子の文章を書く人が多いが、
西股氏の文章は穏やかで読んでいて清々しい。
そういう点でも推薦したくなる本である。